映画「オレンジロード急行(オレンジロードエクスプレス)」

昭和53年 松竹株式会社

パンフレット表紙 森田童子の「さよならぼくのともだち」が挿入歌として使われた映画「オレンジロード急行(オレンジロード エクスプレス)」。ボクは学生時代,この映画はレンタルビデオで見た記憶がある。確かに見た記憶はあるのだが,話の内容が思い出せない。老夫婦が自転車を盗んで旅をするんだったかなと言うくらいの記憶しかない。おそらく,童子の曲をBGMにし,何かしながら見ていたのだと思う。今考えればもったいないことをした。数年前からこの映画のビデオを探していたのだが,どうしても巡り会えない。
 そんな時,この映画のパンフレットがオークションに出品された。なんとしても落札したいという思いで,そのオークションを見つめていた。そして,幸運にも入手することが出来た。
 そのパンフを読んで,自転車を盗むのではなく,自動車だと気づいた。人の記憶なんてこんなもんですね。
 そのパンフレットの中に「森田童子」の名前を見つけることは出来なかった。けれども「物語」を読んで,この映画の挿入歌が森田童子の曲であったことを確信した。
 お友達のご好意で「オレンジロード急行」のビデオを手にすることが出来ました。ありがとうございました。

夕陽よ沈むな!老人と若者たちの夢(ロマン)をのせて
オレンジ色の輝きを残したままで,夕陽よ沈むな!

●物語
映画の一場面。モノクロ。 町は今日も車の洪水。信号のない横断歩道を,おばあさんが渡ろうとしています。危ない危ない。見かけた若者が車からとびおりてきて,ゆっくりゆっくり向こう側まで渡してあげます。
 そのすきに,どこからともなく現れたおじいさんが,若者の車にとび乗ってアッというまに車の渦へ。泣いてお詫びのおばあさんを,しかしあくまで心やさしき若者は,逆になぐさめてあげたりなんかして…。
 別の道路です。盗んだ車を運転してやってきたおじいさん。待っていたさっきのおばあさんと顔見合わせてニタリ。
 おじいさんは捜索願いが出されている東京からの家出人で,鈴木鈴之介(75歳)。おばあさんは某モーテルから失踪した女中さんで,田中もと(70歳)。この二人,実はただいま警察が手配中の自動車泥棒なのでありました。「やさしさだけで生きてゆけると思っとる方がダメなんです。やさしくなくちゃ生きてゆけないのかもしれませんが,タフでなくちゃ,その資格もないのですよ。ハッハッハ」とおじいさんの高笑いのニクイこと。
 ところ変わってこちらは関西のある都市。小型のトレーラーが軽快に走ってます。運転するのは男顔負けのハンドルさばきのお嬢さん,通称ダンプ(25歳)。小窓をへだてたうしろのトレーラーの中には通信用のあらゆる機械設備がととのっていて,それを操作するのが通称メカ(22歳)。マイクをにぎるのが流(27歳)とファイト(27歳)。
 本気になって取り組む職業もないままに,四人がやっているのは町なかを駆けめぐる海賊放送,それを援護するため,追跡パトカーの動きをアパートの一室から連絡してくるのが機械工業のプロ羽島(28歳)。
 この非合法放送も,開局以来7年たちました。同じ鬱屈した心を持て余す日本各地の若者に,電波を通じて語りかけようとはじめたこの放送,敏腕の誉れ高い(かしら?)源田刑事以下が躍起になってる警察を,頭脳プレイで出し抜くのが面白くて,ずっと続けてきたけれど,やっていればきっと何かが起こるという期待もどうやら空しく,かといってカッコいい終わり方もみつからぬまま,あとはもう惰性だけが五人を引きずってきた,というのが実状なのでありました。
 そんなところへ,アメリカ留学が実現し,彼が抜けてはもう続けようがないと,メカも生家の漁業を手伝うため,和歌山へ帰ってしまいます。
 残された三人,いさぎよくこの辺で閉局といこうか,と相談してるところへ,ある日無線機に和歌山からメカのなつかしい声。「ヒマでしゃあないですわ。海に出る用意しときますさかい,遊びに来て下さいよ」
 みんなたちまち和歌山行きに心が動き,その道中で最後の放送をやろうと,久しぶりに燃える闘魂であります。ちょうどその頃あの老人二人組も,若者たちの心と車をつぎつぎ盗んじゃ乗り捨て,京都,奈良へ南下中でありました。
 ところが,その日もあざやかな手口で若夫婦のマイカーを失敬したまではよかったのですが,走り出して気がついたら,後ろの座席に小さな男の子が寝てるじゃありませんか!
 すわ誘拐事件発生! と捜査開始の警察。
 そんなこととはつゆ知らぬ流たち三人は,やたらふえたパトカーの数にあわてますが,彼らもまた心やさしき若者の仲間,道路ぞいで手をふってるおじいさんのために,わざわざトレーラーをとめたダンプが,おばあさんや男の子まで一緒に運転台にのっけて,自分は外からカメラのシャッターを押してあげてるすきに,まんまと車を盗まれてしまうのです。
 走り出した車の放送室にいる流とファイトは,いつのまにかダンプと入れ替わった老人たちにびっくりしますが,さっき警察の無線で聞いた誘拐事件の犯人がこの年寄りだと気がつくと,このハプニングのがさじとばかり,さっそくマイクを向けてインタビューです。
 かっぱらった自転車でやっとダンプも追いついて,その夜は海岸にとめたトレーラーで野宿。ところが翌朝目ざめてみると,老人二人の姿が消えて,子供だけが運転台にスヤスヤ。パトカーの無線をキャッチしてとんできたメカの話では,昨日のインタビュー放送のおかげで,警察が放送車さがしに大わらわだとか。ヘタすると彼ら四人が,誘拐犯人にされちまいそう。
 その頃,老人二人はミカンの木のある別荘の前にいました。おじいさんには,少年の頃いっしょに育てられ,その後カリフォルニアへ移住していった親友がいたのです。その老親友は帰郷を夢みてすこし前亡くなったのです。その知らせをうけた時,おしいさんは,二人で子供の日に登って,海を見ていたミカンの木のことがどうしても頭からはなれなくなったのです。そのミカンの木を見るためおじいさんは,はるばるここまでやって来たのです。
 その途中で知り合って一緒にカージャックの旅をすることになったのがおばあさん。しかし二人の心は初恋の若者どうしのようにほのぼのとかよい合って,今ようやく老いらくの幸せをつかんだ感じ。
 おじいさんは結局,旧友の奥さんには会わずじまいでした。塀からつき出したミカンの枝を折ったとたん,奥さんの元気な声にどなられて,それでもう,奥さんもミカンも大丈夫だとわかったからです。
 浜へ出ておじいさんは,カリフォルニアまで流れて行けと,ミカンの枝を海に投げました。漂い流れるその枝を,小舟の上から流たちがみつけます。
 警察の追跡を煙にまき,あの男の子は砂浜に置いてきました。無線機械を小舟につんで領海の外へ出て,今度こそは電波法にひっかからない本当の海賊放送をやろうと,熱っぽく語り合う四人。
 領海の外へは決していけないこのオンボロ舟で,彼らの夢はいったいどこまで破れずに続けられることでしょうか。

●かいせつ
 「やさしさだけで生きてゆけると思っとる方がダメなんです。やさしくなくちゃ生きてゆけないのかもしれませんが,タフでなくちゃ,その資格もないのですよ…」
 劇中のおじいさんのセリフの通り,ストーリーは,心優しくもダメな若者たちと,したたかな行動派である,おじいさんとおばあさんのユニークな自動車泥棒とを巧みにからませながら,東京−京都−奈良−和歌山のゴールデンラインをバックに,コミカルなタッチで展開してゆきます。
 特にこの作品は,26才の大物新人・大森一樹の書いた昨年度(昭和52年)城戸賞受賞作品であり,彼自身が自ら若い情熱を発散させて演出に当たる現代の若者たちに贈る爽やかなメッセージと言えます。
 出演は,この奔放自由で爽快な発想を飾るべく,おじいさんには,一世を風靡した大スター”アラカン”こと嵐寛寿郎,おばあさんいは,これまた往年の名女優と謳われた国際的スター岡田嘉子が世紀の顔合わせとなり,他に,森本レオ,小倉一郎,志麻哲也(新人),中島ゆたかの若者グループ,原田芳雄,河原崎建三,広瀬昌助などにベテラン・高杉早苗,復活第一作の早乙女愛,又山根成之監督,16mm製作者の原将人,TBS林美雄などが応援しています。
 なお,カメラマンには「ハウス」「ブラック・ジャック」の阪本善尚が当たり,映像面でも画期的なザップ方式を使用,ニュー・エンターテイメント・シネマの誕生としての期待作です。

●演出ノート (大森一樹)
 「青春」という言葉はとらえどころのないものだ。様々な人により,様々な解釈があっていいものだろう。だから,この映画が「青春映画」という呼ばれ方をされても,ぼくは,一向に否定する気はない。ただぼくは,これが「青春末期」の映画であるということにこだわりたい。
 「青春」という言葉に対するイメージは様々であるとしても,「末期」というイメージには,かなりそれらしいと思われるものがあるような気がする。
 大げさにいうと,歴史上における「末期」に始まって,時代の「末期」,人生の「末期」,恋愛の「末期」,青春の「末期」などなど,と思い浮かべてみると,そこには,やけくそな気持ちと開き直り,あせりと苛立ち,それ故のおかしさと哀しさ,そして,残ったわずか1%のロマンティシズム,そんなものがいつでも,ころがっているような気がする。
 「オレンジロード急行(オレンジロードエクスプレス)」では,人生の「末期」の老人カップルと,青春の「末期」の若者グループが,ひょんなことから紀州で出会うことになり,そこで,両者がお互い「末期との遭遇」をするわけです。そして,両者はとりあえず,何事もなかったのごとく去って行くのだが,ほんとうに何事もなかったのかどうか…。
 そのことについて,ぼくはもちろん,何度か末期を経験した人,まだしない人,そして,ただ今,末期のまっ只中という人,様々な人に互いの立場で考えていただければと思います。
 オレンジ色は,みかんの色でもありますが,一日の終わりの夕陽の色でもあるのです。

[スタッフ]   [キャスト]
製作  大谷 信義   鈴木 鈴之介 嵐   寛寿郎
企画 大森 一樹   田中 もと 岡田 嘉子
脚本 大森 一樹   森本 レオ
監督 大森 一樹   ダンプ 中島 ゆたか
監督助手 藤沢 勇夫   ファイト 小倉 一郎
メカ 志麻 哲也
羽島 泰造 河原崎建三
源田刑事 原田 芳雄
宏美 早乙女愛

[犬のしっぽ]
 この物語や大森一樹監督の演出ノートを読んでいるとなぜこの映画に森田童子さんの「さよならぼくのともだち」が使われたのかよく分かる。「末期」に何を求め,「末期」をいかに終わらせるか,これが学園紛争末期に歌い始めた森田童子さんのテーマの一つだったのかもしれないと思える。最後に童子さんの「センチメンタル通り」の一節をここに記す。
  いつかこの街すてる時 君は涙みせずに 行けるかい
  朝の始発の汽車で 君もあの娘と 行くのかい 今夜は何も云わないで
  昔みたいに 酔ってダンスを 踊ろうヨ 青春ってやつのお別れに