NHK−FM千葉 「リクエストアワー」(1978年8月?日)
 ロムさんよりNHK-FM千葉「リクエストアワー」(「千葉リクエストスタジオ」と言うタイトルの番組かもしれません。)に童子さんがゲスト出演されたときのテープをいただきました。
アナの遠藤正明さんは童子さんのことをよく理解されているようで,緊張はなさっていたようですが,的確な質問とおしゃべりをしてくださいました。また,女性のアナの方がいらっしゃるようですが,お名前はよく分かりませんでした。いただいたテープはこの番組の全てが収録されているのではなく一部のようであり,編集もしてあるようで,話の内容が前後している部分があるかもしれませんが,大変貴重なテープであり,貴重な資料になると思い,ここにアップいたしました。番組は1978年8月のようです。

遠藤アナ 出てくるのは僕という言葉,それから孤独,海,季節で言えば春から夏,それから死にたいするあこがれみたいな,色んなところに出てくるでしょう。
森田童子 そうですね。
遠藤アナ ご自分ではどの様に分析なさいますか。
森田童子 何でしょうね。死ぬって言うことに,エロティックな快感みたいな物を感じているのかもしれないけれど。うーん。何て言うんですかね。子供の頃,雷が鳴ってね,わざと鉄板を持って外へ出て,当たるかなと思ったり,こう,当たらなくてよかったなと思ったり,遊びの中で,子供の頃遊びって死ぬって言うことと近いところでね,うん,そんなこと考えてないのかもしれないけど,なんか,こうスリリングなこう,感触を遊ぶというような,もて遊んでいるようなところって,わりと子供の頃無意識にあるんですよね。未だに抜けてないんじゃないかと思ったりすることもありますけどね。
遠藤アナ この曲なんか聴くと森田さん,学生時代に学生運動なんか,あの没頭してその挫折を唄ってるんじゃないかと思うけどそうじゃなくって,かくありたかった青春の一つとしてと言う事になるんですよね。
森田童子 そうですね。
遠藤アナ 今もどんどん創作は続けていらっしゃるんですか?
森田童子 はい,創っています。
遠藤アナ そうですか。
女性アナ これからのアルバムの予定なんかありますか?
森田童子 ええ。あの7月29日に東京カテドラル教会と言うところでコンサートをやったんですね。それがライブ盤で10月の末に出る予定です。
遠藤アナ 今までアルバムは3枚?
森田童子 そうです。
遠藤アナ 3枚の中で唄った曲をライブで?
森田童子 それと新しいのが2曲くらい入ってます。
遠藤アナ 楽しみですね。もっとお話,うかがいたいんですが,最後の曲になってしまいました。
森田童子 きみとぼくは同じ線で結ばれた 友達という やさしい放浪者だった
きみと二人して 夜明けの街の荒々しい空気に酔いしれて二人はさまよった
いつか きみとぼくは同じ線で結ばれた 友達という やさしい放浪者だった
さよなら ぼくのともだち
 曲 「さよならぼくのともだち」

きっと,ここまでの部分がラストのところだと思います。

遠藤アナ こうやって森田さんの唄を聴いていると,みわさん(きっと女性アナの方の名前だと思います)もそうだけど,僕もだんだん視線が,こう,沈んでいくような,かがみ込んじゃうような,そんな感じになるんだけど。あの森田童子さんの唄って聴いていると大勢で聴くんじゃなく,(女性アナ「そうね」)一人で聴きたい,そんな感じでしょう。森田さんはどんな時に詩というか,唄を創るんですか?
森田童子 うん。唄を創るという…。
遠藤アナ まず,詩ですか?
森田童子 そうです。私の場合は,わりと詩が先で,後でメロディーを付けるような形になっちゃうんだけど,ホントは唄って言うのは両方一緒に作った方が気持ちのいい部分があったりするんでしょうけどね。どうしてもメロディーが後になります。
遠藤アナ 言葉の方が先。
森田童子 そうですね。
女性アナ 言葉はいつも思った時に書いちゃう?
森田童子 そうでもないですよ。
遠藤アナ どういう時に?
森田童子 そうですね。いろいろですけどね。とにかく,やっぱりレコードを出す,ある程度期間っていうのがありますよね。そうすると,喫茶店ていうのが1日5回くらい行くんじゃないかな。とにかく部屋にいても,なんか落ち着かなくて,とにかく気分を変えたいっていうのがありますよね。街をぶらぶら歩いたり,あとその辺で見つけた喫茶店に入ったり,また家へ帰ってくんだけど,またなんか書けない。書けないっていうか,落ち着かなくてまた違った場所探して歩いたりとか。それで,結局,作れないで寝てしまったりとかすることもありますし。もう,ぶらぶら歩きながら,気分を変えながら,なんとか作ってます。
遠藤アナ じゃあ,もう,いつ,どこでって言う,そう言う決まった形じゃないわけですね。
森田童子 そうですね。それもありますけど,あの,初め作った時っていうのは,ホントに,こう,一日何もすることがなくて,「今日はいったい何をして過ごしたらいいんだろう」と考えるくらいの感じだったんですよね。だから,あのぶらぶら歩いたり,こうすることが多かったからね。今でも歩いたりするとその頃に自然に戻って行けるような感じはありますね。何年経っても。
遠藤アナ それで,あの時には,何て言ったら,一口で言ったら青春の試行錯誤のようなものが多いのかな?
森田童子 そうですか。
遠藤アナ うーん。そんな感じがするんですけど。
なんか,さっきねえ,驚いたんですけど,森田さんが何か書く物ありますかって言ったら,紙を持って来たら,見る間に打ち合わせをしながら,さっさっさっさっさと書いてしまったんでね。詩を書いていらっしゃるのかなと思ったら,あれは何だったんですか?
森田童子 ええ,唄の前の語りです。
遠藤アナ じゃあ,お願いします。
森田童子 仲間が何人も申し合わせたように,規則正しく集まってくる喫茶店があった。いつもアメリカへ行くことばかり夢見ている男。へたくそな自称詩人。売れない役者。映画青年。競馬新聞ばかり見ている退屈な男。それは遊園地のメリーゴーランドのように騒々しく,陽気で,また淋しいものだった。「ぼくたちの失敗」です。
 曲 「ぼくたちの失敗」
遠藤アナ あの,森田さんの唄を聴いていると,何て言うのかな。透き通った,それでいて,あの沸々と煮えたぎるような熱い森田童子という人の血と汗で綴った私小説みたいなそんな感じがするんですが。ほとんど体験が元になっているんですか。
森田童子 うん。わりあい,そういう風に取られることが多いんですよね。でも,何て言うんでしょうね。私の場合は,祈りと言ったらオーバーになるけど,こうあって欲しかったという願望みたいなものがすごく多いですね。唄聴くとこんなにたくさん友達がいたんですかとか,こんなにいい別れ方したんですかとか,色々言われるんですけどね。やっぱり,こう,そうじゃなかった部分で言うのはたくさんあるし。で,わりあい人とつきあうと言うことが少なかったんですよね。少なかったって言うか,あの,あまり仲間で過ごしたって言うこともあまりなかったし。わりと,そう,人付き合いの出来なかったコンプレックスみたいなものがね,あって。意外に,こう,そうじゃなくてこうあってほしい,と言う願望みたいなものが強いんじゃないかと思いますけどね。
遠藤アナ うん,それが唄に表れてるって言うわけですよね。
森田童子 そうですよね。
遠藤アナ そうですか。次の曲ですけど。
森田童子 愚かな日々の退屈に 煙草の火で手の甲を焼いた 熱く腫れた左手に 白い包帯して街を歩いた きみはぼくを見つけてくれるかな 愚かな日々に埋もれてくぼくを
「逆光線」です。
 曲 「逆光線」
遠藤アナ 森田さんの唄を聴いていて思うんだけど,やさしさって言うのはね。あの,ある場合には人を傷つける凶器にもなるんだなーって思うんですが。白状しますと,あの,昨日,選曲であらためて森田さんの曲を聴いていて,泪が出てきてどうしようもない。そんな感じになっちゃうわけね。で,コンサートなんかで,森田さんの唄を聴いている人っていうのは,何て言うんだろう。みんなね。大勢集まっているけれど,一人一人が肩震わせているんじゃないかと,そんな感じがするんですけど。森田さん自身,自分で書いていて,気持ちがどうしようもなくなる事ってないですか?なんか,作った人も泣きながら作ってるんじゃないかな,と思ったりするんだけど。
森田童子 そーですね。わりあい,唄ったりするときも,大きくみんなに語りかけると言うことは自分でもしてないように思います。結局,そうですね,唄いながら,最高にいい状態になっている時って言うのは,自分の中に入り込めたときが,唄っていて今日はよかったなと思ったりすることですね。だから,聴いている人も,私の唄を聴いていてみんなで喜んだり,大きく手拍子をとったりする喜びではなくて,聴きながら自分の中に入って行く気持ちよさって言ったらおかしいけども,そういう感じですね。自分で唄っててもそうですけども。
遠藤アナ 自分の中に入ってく。
森田童子 ええ。
遠藤アナ 次の曲がちょっとイントロの部分が出てしまいましたけども,「蒼き夜」?,「夜は」?,「夜」ですか?
森田童子 「夜は」
遠藤アナ 「夜は」ですけど,何かお話があるんですって。
森田童子 ええ,話を作りましたので。
森田童子 私の友人で自称アナーキストだという土門という友達がいます。土門は大学を中退してから一度も働いたことがありません。そんな変わり者の土門と同棲していたモンちゃんという女性は絵描き志望で,着物の柄を描いて生活していたわけです。去年の夏,土門が一週間以上も部屋を空けて帰らないうちに,モンちゃんは持病の腎臓病が悪化してしまい入院して2日で亡くなってしまったわけです。土門は今もモンちゃんと暮らしていた阿佐ヶ谷のアパートに住んでいます。土門のカストロ帽の下は髪の毛を全部剃ったつるつるの坊主頭です。モンちゃんが保険をかけて残していったお金が400万近くあるそうです。土門は毎晩,新宿のゴールデン街で安酒を飲んでいます。モンちゃんが残していった400万を使い果たしたら,土門は坊さんになると言っています。次の唄は「蒼き夜は」です。
 曲 「蒼き夜は」
遠藤アナ 森田童子さんの唄を聴いて,この人はホントにどんな人なのかな,会ってみたいな。って言うふうに思う一方で,今の「蒼き夜は」を聴いたときは,これはもう決定的に絶対にこの人には会うことは出来ないって,人に会ってくれるようなそんな方ではないんだと云うふうに思ったんですね。
つまり,あの森田さんの詩を読んでいても全部「ぼく」っていう形になってますね。話はそれますが。あれ,どうしてですか?
森田童子 そうですね。ほとんど「ぼく」と「きみ」っていう言葉で「私」と「あなた」という。何て言うんですか,その,わりと,男と女の愛というような,その様なものを唄った唄っていう,意外と私の中ではほとんどないんですけどね。わりあいに,男同士というか,2,3人の仲間が仲間をやさしく見るとかね。そう言うことで「私」と「あなた」と言うより,こう,「ぼく」と「きみ」と言う方が,何て言うんですか,小さい意味での私たちっていうような意味合いが出しやすかったっていうのがありますね。
遠藤アナ ふーん。じゃあ,男と女というより人と人との,(森田童子「それもありますし」)出会いや結びつき。
森田童子 ええ,あの,映画でも「真夜中のカーボーイ」とか「スケアクロー」とかね。(女性アナ「みんな男同士の」)ちょうどその時期に多くみてたせいもあるんでしょうけども,わりと男同士の唄が多いですよ。ほとんど,「ぼく」と「きみ」というのが。
遠藤アナ 私は,「ぼく」とは言っているけれど,ぼくと言っている人は女性であって,きみと言っているのは,えっと,女性に対してきみって,あ,いや,その逆なのかなと思ってたんですが。だいぶ,こんがらがっちゃいましたが,あ,そうなんですか。
森田童子 そうですね。
遠藤アナ ああ。男同士で。

【犬のしっぽの感想】
テープはここで切れていますが,童子さんの「ぼく」と「きみ」は男同士の仲間,非常に親しくやさしく思いやる仲間を意味していたことが分かりました。犬のしっぽは遠藤アナと同じように「ぼく」が女性で「きみ」が男性だと思っていました。童子さんがあまり仲間で過ごしたことがないとおっしゃっており,また,こうあって欲しいという祈りというか,願望を唄にしたという事からも,この「ぼく」と「きみ」が性別を越えた「仲間」を意味するものだと分かりました。
ただ,ボクにはアルバム「夜想曲」の頃から,この「ボク」が女性であり,恋愛を素直に唄っているような気がしてならないのは今でも変わりません。そして,「蒸留反応」の「君のまつ毛に 雪が降って重たそう ぼくの 口唇で とかしてあげよう いい気持ち」と言う詩を素直に,童子さんの女性としてのやさしさ,かわいらしさ,純粋な愛と今でも感じています。
最後になりましたが,貴重なテープをいただいたロムさん,本当にありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。